きもとblog
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シリーズ「中学・高校時代のクラブ活動の想い出」Vol.9

2022年05月16日

バッハです。

今回のテーマはクラブ活動。
ところがバッハは中高を通じてクラブ活動に参加したことがありません。
運動も集団行動も苦手だったので積極的にどこかに入ろうと思ったことはなく、授業が終われば、ひたすら家を目指す中高時代でした。

それじゃあ帰宅部は何をしていたのか。

帰るとテレビドラマばかり観ていました。
家に着くのは午後4時頃。それから午後6時のニュースが始まるまでは再放送が多く、いろいろなドラマやアニメを観ることができました。
「水戸黄門」「太陽にほえろ」「われら青春!」「おれは男だ」「飛び出せ青春」などなど(今は知らない人の方が多いのでは)。
あの頃は観てるドラマがありすぎて、しかも、とお〜い記憶なので再放送枠と本放送枠が記憶の中で混ざっているかもしれませんし、これは小学生のころの記憶かも。

好きだったのは「ちょっとマイウェイ」という、レストランを舞台にしたコメディドラマ。
桃井かおり、研ナオコ、八千草薫、緒方拳、神田正輝、峰竜太、岸本加世子(敬称略)など、今では考えられない俳優共演のドラマでした。
主題歌の「夜明けのマイウェイ」は今も好きです。

帰宅してから外出する時はゲーセンに行っていました。
とはいえ、当時は今のようなゲーセンはなく、デパートの一角にある遊技場の片隅や駄菓子屋、ボーリング場などにアーケード機が設置されていた程度。
その頃の流行は「スペースインベーダー」(アーケード機といってもインベーダーとブロック崩しぐらいしかなかったと思います)。

インベーダーゲームは異常なブームになり社会問題化。学校から禁止令も出て、生徒同士での遊技場の出入りはご法度。
遊びたい盛りにはそんな禁止令も効果はなく、先生方が見回りをしているという噂を耳にしていながらも友達同士出かけていました(制服はヤバいので着替えるため一旦帰宅)。

出かける時はほぼ自転車でしたが、使える自転車は通学用の1台だけ。ところが通学用の自転車には、バイクのナンバープレートのように、学校支給のプレートが付いていたのです。先生方もそれを目印に見回りしていると聞いていたので、出かける時はナンバープレートを荷台の上に折りたたみ、さらに荷物用のゴム紐でぐるぐる巻きにし、一見、プレートが見えないようにして出かけ、通学時には元へ戻すルーチンが誕生。

プレート隠し効果なのか、ゲーセン通いが見つかることはありませんでした。

高校生になる頃には、異常なブームは去り、ゲーセン通いもなくなり、通常帰宅復活。
ところがある日、研究資料を作成する要員の1人として、部活に入っていない生徒の中から選ばれてしまいました。チームは4人。
資料作成のテーマは、学校が工業系で、授業に溶接などの実習があったため「溶接面の熱による金属組織の変化」だったと思います。
金属を溶接しては、溶接面に余分な熱を与えないように切断し、断面の顕微鏡写真を撮影という放課後がしばらく続きました。
最終的には、地元の工業系の学校の集まりで各校の研究を発表する場にも立つことになりましたが、頭が真っ白のまま終了。
後で写真の評価が高かったと先生が教えてくれました。

クラブ活動はしませんでしたが、溶接以外にも鋳造や旋盤工作、製図、今はないと思われるパンチカードの授業など新鮮な経験の日々でした。
高校では資格を取ることを推奨していたので各種試験も受けましたが、今では何を取ったのかも覚えていませんし、きっと期限も切れているでしょう。

最近、インベーダーゲームを作ったタイトーからアーケード筐体を卓上サイズにしたゲーム機が発売されました。「スペースインベーダー」を含め40タイトル内蔵。
魅力的な商品に食指が動きます。

購入したと思います?

もう大人ですよ。

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