きもとblog
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シリーズ「子どもの頃になりたかった職業(夢)」Vol.4

2020年10月15日

みなさまこんにちは

本日ブログ担当のおけらです。

今回は、シリーズものとなっておりまして、題材は「子どもの頃になりたかった職業(夢)」です。

今思い返すと…僕自身、影響を受けやすくてその都度「将来こうなりたいなあ~」ということが多かったように思います。

正義感で言えば「自衛官・警察官・消防士」

エンターテイメントで言えば「ミュージシャン」

職人さんで言えば「大工・旋盤工」

特に体を動かす事が好きだったので、日常的に活躍を目にすることが多かった「自衛官・警察官・消防士」の方々を見ていて、自己の鍛錬で人の助けになれる職業に憧れがあったように思います。

この他に「将来なりたかった職業」を記憶の中から紐解いていくと…

モノを作ることが日常作業になっていた事を思い出します。

特に実家が自営業でものつくりをしているので、自然と「素材を加工する」という工程に思考が回るようになりました。

小さい頃はお手伝いを良くさせられていたものです。

記憶の中では、学校から帰ってきて外で遊びたいのに家業のお手伝い…げんなりして不満を抱えながらお手伝いをしていました。

小学生の頃にお手伝いをしたときの苦い記憶を思い出します。

私の父親は当時は職人という感じで怖く、とても逆らえる雰囲気ではありませんでした。お手伝いが嫌などと不満を口にするわけにはいきません。ちょっとでも不満を口にしようものなら、どこからともなくグーパンチが飛んでくるのです!!

いやいやながらもお手伝いを行い、素材を前処理加工し、数量確認や種分けを行い、次工程(父親が本加工する)へ疎漏なく諸準備する…こんな日常を送っていました。物事の構造を思考する癖はこの時の経験が大だと思います。

小学校高学年から中学生のころは土日含め部活(吹奏楽部でした)で一色になってました。

中学時代は家業のお手伝いからは解放され、「吹奏楽コンクールで金賞・全国」を目標に、音楽へ日々傾倒していた記憶しかありません。

夢とか考える時間が無かったように思えます。

高校に入学すると、ロックバンドに傾倒するようになりました。

当時BOOWYというバンドが人気絶頂時に突然解散し、内輪で色々と騒いでいました。

そのBOOWYに魅せられ、吹奏楽からバンドマンへ転向(?)するようになりました。

楽譜を読めたり、作曲も出来たので巷のバンドから声が掛かり、そこから21歳まで自然と「自分はバンドで食っていくんだ」と思うようになっいていました。それが「夢」というものだったと思います。

ところがどっこい、そんな簡単には事は運ぶわけでもなく、結婚とともに趣味へとシフトしていきました。

こうして自分の時間を振り返ると、「将来なりたかった職業」をしっかりと考えた事はなかったなと思います。

私には二人の子供がおりますが、娘は希望通りの職業に就きました。娘は夢ではないのでしょうが、中学生の時点で明確に将来へ向けた進路を決めていたと感じました。息子も周りのお友達も進路を決めています。自分は適当に生きていたな~最近の若い子はしっかりしとるな~と思う毎日です。

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