きもとblog
木元省美堂の社員が様々な話題をお届けします!

水道橋営業所の窓からvol.21 ー 記憶の窓 ー

2022年03月12日

 ご無沙汰しております、文々です。

3月に入っていよいよ日差しも春めいてきました。
春は眠っていた虫たちや動物が目を覚まし、植物も芽吹き、自然は命の喜びにあふれる季節、変化の季節ですね。
そのせいか、何もなくてもなんとなく落ち着かないような、ムズムズした気持ちになります。
(花粉でムズムズする人も爆増中だと思います)

そして、このところ、私はずっと胸がざわざわしています。

連日、ニュースで報じられる破壊された建物の映像や泣き叫ぶ人の姿…
ウクライナ、ロシア、ベラルーシといった国名からチェルノブイリという地名…
原発事故…あれから11年…東日本大震災…といろんな記憶が呼び覚まされます。
様々な映像が繋がって連想されます…


そして私にとってもうひとつ忘れられないのは3/10の東京大空襲の記憶です。
(正確に言うと、私の記憶ではなく私の小学六年生の時の担任の先生の記憶なのですが)

そのどれもに共通するのは、理不尽に狂わされた人生、引き裂かれた家族、そして奪われた命です。

地震については天災なので避けられない部分もあると思いますが、政治や制度によって救われなかった命や人生もあります。
この二年あまり続いているコロナ禍にも同じことを感じます。

どれも、誰かひとりを責めたところで変わらないのかも知れませんが、実はひとりひとりが動くことで変わるかもしれない。
そんな事を思います。

でもこういう時、私は少し鈍感になるようです。
無意識のうちに「感じ過ぎないように」心が感情をブロックするようです。
いわゆる鈍感力ですね。
そうしないと、とても毎日を平気な顔で生きていけないからでしょう。
(平気な顔をしつつ、いろんなところで不調になりつつ)

まだ学生の頃、日本の戦争中の話やドラマなどを目にすると
「なんでみんなあんなに鈍感でいられたんだろう?」
と、やや怒りに似た気持ちに襲われたものですが、

今自分の身の回りに、世界が変わってしまうような出来事が迫っている事をリアルに知れば知るほど、どんどん鈍感にならざるを得ないことを実感しています。

そして、立ち止まります。

これでいいのかな?と。

ひとまず、今傷ついている人たちへの支援をしている団体を調べてみたりします。

ウクライナ支援 日本国内で呼びかけている主な団体
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220309/k10013522111000.html

そして、日本の外務省はどんな動きをしているかを見たりします。

外務省ホームページ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/


いろいろと見ながら、なぜ私たちはこのまま生活していて「明日もこの世界がある」と確信していられるのかが、不思議になります。

でも、今、空を見上げて何も落ちてこない世界に居ることに感謝し、
「明日もこの世界がある」と信じて、目の前の小さな幸せに集中し、日々を大切にした方が良いような気もします。

結局、最後は深呼吸をして目の前の仕事に取り掛かる毎日です。
自分の中心に「大丈夫」という気持ちを置いていたいです。

みなさんは、どうですか?

近所の桜並木のつぼみは、日に日に膨らんできています。



願わくは、楽しい気持ちで桜の開花を待ちたいものです。

とりとめのない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。

それでは、また。

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